あれ?31日ですかもう?

マイケルジャクソンの追悼番組の再放送?を観ながら(というかほぼ聞きながら)年賀状を書いているが終わらない。

マイケルについてえらく熱く語るゲストらしき女性。どうかするとテレビじゃなくて飲み屋で興奮気味に語ってるみたいだ。私物の本やレコードを持ち出して語ったり。
マイケルのことが大好きでたまらないんだなぁこのひとは、と思いながら年賀状を書いているが終わらない。

「マイケルひとりバージョンねぇ!!そぉそぉ~!」
テンションが高い。
「もうキッラキラしてるじゃないですか!!」
「アッシャーもぉ、彼がいなかったら僕はいないって言ってるしぃ~」
アッシャーって誰だろう、と思いながら年賀状を書いているが終わらない。

しかもはがきが足りなくなってきたぜ。あらら・・・。

確かにマイケルジャクソンは格好いい。
亡くなってからこういう番組でしっかりミュージックビデオを観たりして、あーこんなにすごかったんだ・・と思い知らされた感がある。あのダンス!!うた!!
マイケルの作品は残り続ける。
だがマイケルはもうこの地上に別れを告げて、大晦日の今日ここにいる我々よりも先に新しい場所へ逝ってしまった。

今日も仕事なのでもう寝る。
はがきを買い足して正月休みの間にぼちぼち書くとしよう。
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by sk_anne | 2009-12-31 01:30 | 真夜中の文箱

稽古納め

非常口の稽古納めだった。
今は来年1月の「ゲキゾメ!」に向けて稽古している。宮崎県小林市の劇団25馬力さん企画のお祭りで、小林市文化会館で開催される。
いろいろな団体が15分ずつステージに上がって、お芝居やコントやリーディングなどなど繰り広げる。観客としても楽しみなイベントだ。
本番は1月17日。14時開演。
非常口の演目は「別れの季節」というリーディング?みたいなやつです。

次の稽古は年明け7日から。
今年もお疲れさまでした。
みなさまほんとにありがとうございましたm(_ _)m
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by sk_anne | 2009-12-28 23:59 | 非常口

踏ん張りどころ

戯曲講座の最終回が終わった。
出席した受講生全員分の完成作品が印刷されて机の上に。感動的な眺めだ。
全作品を読み、感想や意見など述べあう。
受講生のみなさん、そして永山さんからの指摘やアドバイスを人数分聞くことができた。

「闇に朱~」はもうひと踏ん張りということで、確かに指摘された部分は弱く、言われたとおりせりふも紋切り型的で浅い。ありがたいことに突っ込んで質問させていただくことができたので、またこれから書き直しに入ることにする。
もっと闇が出るはずだ、ということで。
がんばります。

今年は都城市総合文化ホールの戯曲講座に2回参加し、2本の作品を書いた。
「深海ストロベリー」と「闇に朱、あるいは蛍」。
戯曲講座を受講したからこそ書けたのだと思う。課題として提出しなければならないというのもあるが、なによりも同じく苦しみながら書いているであろう受講生仲間がいて、書いたものについて客観的な意見が聞けて、劇作家として活躍しておられる講師からアドバイスをいただけるというのは、ひとりで書いているのとは明らかに違う。
自分の作品をちょっとでもなんとかしたいということと、あとは自信をつけたいというのがあって受講した。独学では心細いというか、本来はそういうものなんだろうけど、わたしはどうかすると卑屈になりがちで、基本的に自信がない。
講座を受けたんだから少しは変われたはず、良い方向に向かっているはず、という意識を自分に植え付けたかった。戯曲についての考え方や創作方法などの講義を聴くことで何か少しでも身につけたかった。
自信を持ちたい。
今度の作品は自信がある、と声に出して言ってみても、その気持ち自体が砂上の楼閣みたいなもんですぐにひっくりかえる。
悪くはないと思うけど、実際はどうなんだろう・・・・やっぱりだめかな・・・でも悪くはない自信はあるんだけど・・・自信も勘違いかもしれないし・・・。
そのくりかえしだ。
けれど、講座を受講して、良い意味でちょっとだけ開き直れたかもしれない。うまく言えないが、少し楽になった気がする。自分でダメだダメだと思う回数は減りそうな気がする。
内に向かって書くだけではなく、開かれた場所で作品を書く経験だったようにも思う。
そして、今年2作品書き上げることができたというのはわたしの中でとても大きい出来事だった。

作品を書いていくのは、特に書けない状態のときは本当にしんどくて、生みの苦しみとも言えると思うのだけれど、きっと世の中のあらゆる作家さんたちは自身を削って書いている。それは思想とか体験とか、内にあるものをえぐり出していくということでもあるし、単純に睡眠時間を削ることもそうだし、精神や体の労り方ということであればもしかしたら命を削っていると言えるかもしれない。
大げさだと思われるかもしれないが、そういう部分は職業的に書いているいないに関わらず、どの作者にも大なり小なりある気がする。
それでも書いていくというのは、それだけで価値あることなんじゃないかと思ったりもする。
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by sk_anne | 2009-12-27 23:59 | 真夜中の文箱

起きたら背中が

張っているというか、がちがちというか、痛むというか、感覚的に。いつもの朝と違う。
進まなかったのを昨日一日かけて気合いだけで一気に書いたので、体に力が入っていたのかも。追い込まれなきゃ前に進めないダメ人だが、しかし良かった。
最初書こうとしていた長さより短めで、現段階では深海苺の半分程度の長さになってしまったものの、ひとまず最後まで書き終わってよかった。自己嫌悪は回避できた。年末にまたひとつ後悔し、嫌いになるのは本当に勘弁。と思っていたので。
あとは今日講座を受けて、指摘やアドバイスをいただいてコツコツ手直ししていきます。
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by sk_anne | 2009-12-27 08:58

脱稿

とりあえず脱稿しました。
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by sk_anne | 2009-12-27 03:24 | 真夜中の文箱

これはいい

「闇に朱、あるいは蛍」が進まず・・・。
明日の仕事は休みを入れた。一日書いて、あさっての戯曲講座に備える。
あ、おとといと昨日の深夜、これを観た。
書けない・・・こりゃいかん、進まない・・・というよろしくない心理状態の中、おととい夜にテレビをつけたら大変好きな雰囲気のご飯屋さんでカウンターに並んで座った三人の女性が「あたしたちは妥協しないわ」「あたしたちが探し求めているのは純愛よ」とかなんとか言いながらお茶漬けを食べているシーンが映っていて、おっ?と思って見始めたら面白かった。で、昨夜も放送されていて、バターライスの話だったんだが、お茶漬け以上にかなりよかった。
とりあえず、DVDが欲しいぞ、と思うくらいツボだったので早めに記しておく。
ひとつだけ、エンディングで流れる主題歌の雰囲気がこのドラマの雰囲気とは違うかな、っていう気はしたけれど。個人的な嗜好として。
こういうドラマは大歓迎。

さてさてさて。戯曲だ。
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by sk_anne | 2009-12-25 19:16 | 真夜中の文箱

今書いている戯曲講座作品「闇に朱、あるいは蛍」。
案の定波に乗れない。

最近、風呂につかっていると必ずといっていいほど眠くなり、意識がなくなりそうになる。はっ、と目覚める。さっきもそうだった。何か夢を見た気がする。
とにかく体が重たい。
もの覚えも悪いし、あたまが疲れているのか?

気分はぼちぼちだ。もう12月も後半戦。
大晦日というのが好きだ。終わっていくのはいい。もはや心配することはなにもない。そんな気分になる。
元旦は好きじゃない。また始まってしまうのか、と思う。心配する日々が始まる。戦いが始まる。そんな気分になる。

はやく終わりたい。いろいろね。
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by sk_anne | 2009-12-22 00:32

とろりと甘酸っぱい

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今朝初めて鍋の蓋をとった。

昨夜は開けなかった。

冷める前に蓋を開けると、せっかくのきんかんがしぼんでしまうそうだ。そうなったらたぶん気持ちがしぼむ。体は消えないけれど。

うまく作れた。

さて、戯曲を書かなきゃ。生みの苦しみ真っ只中だ。焦るなよ。
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by sk_anne | 2009-12-20 09:40 | 真夜中の文箱

きんかんを煮る

職場で、蒸して煮る方法を教えていただいた。
きんかんを蒸し器で蒸すのだ。

風呂上がり、体が温まっているうちに台所に立った。
初挑戦。
きんかんを蒸す。その間にざらめと酢と水を煮たててシロップを作る。
ざらめも酢も水も分量どおりに計って。
かきまぜながらちょっと魔女っぽい気持になる。

魔女は罪人の血にとかげのしっぽや笑い茸を入れてくつくつ煮るのだ。仕上げに甘い香りの毒薬を垂らし、呪文を囁く。

蒸しあがったきんかんを鍋に投入し、煮る。蓋をして、沸騰したら弱火で五分。そして火をとめる。
冷めるまで絶対に鍋の蓋をとらないこと。


鍋の蓋をとったらいけないよ。
中を見たらいけないよ。悪いことが起きるよ。取り返しのつかないことになるよ。

蓋に手をかけた。
気配を感じる。妖精が騒ぎだした。

やめて!蓋はそのまま!衝動に負けちゃだめ!大変なことになるのよ!大変な、ああっ・・

わたしは蓋をとる。
大量の湯気に包まれ、どうしようもないほどの眠気に襲われる。立っていられない。眩暈がする。
体が溶けだした・・?液状の形成物が床に溜って、足の指を動かすと糸をひくような気がする。

窓は開かれ、妖精たちは雨を含んだ凍えるような空気の中へ金色の粉を撒き散らして飛びたってゆく。夜と無の間の層へ吸い込まれてゆく。天上の塔へ帰るのだ。重力は彼らに追い付けない。
昔、塔から身を投げたわたしはもう帰れない。
振り返る妖精はひとりもいない。薄情なやつらめ。
でもいいや。
わたしはひとりきりになる。
溶けた体は蒸発し、明け方までに消えてなくなる。

いい。満足だ。

世界の端っこの寒い台所で、古めかしいアルミ鍋だけが残される。
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by sk_anne | 2009-12-19 23:27 | 真夜中の文箱

日常に戻る

雪が降っているのかな。

爪を切りたいんだが、夜なのでなんとなく切れない。
「闇に朱、あるいは蛍」の進みが思わしくなく、気分的にはあまり余裕がないんだが、とにかく書けるだけ書いて持って行きたい。戯曲講座最終回まであと一週間ちょっと。

それしかない気がするのだ。そんなことを考える必要もないのかもしれないけれど、ときどき思う。
正直、自分に価値を見いだせない。見いだすものがあるとしたら、創作する行動と創作物しかないように思う。自分では、という意味です。他の人から見たらそれすら価値のないものかもしれない。
ちょっとしたことで衝撃を受ける小さくて狭い心には相当うんざりしている。だが仕方なく付き合い続けて、変わる見込みについては半ば諦めかけているし、鏡に映る覇気のない疲れ顔も見慣れた。
自分のいろんなことを残念に思う。いろいろ忘れるし、いろんなことが覚えられない。
でももういい気がする。いちいち考えていたら生きていくのがますます億劫になる。結局生きるしかないのだから、少しでも楽な気持ちでやりすごしたい。
この先、何か大きなびっくりするような歓喜に包まれた出来事が自分に降りかかるとは思えない。
ささやかだけれど幸福を感じる日々の出来事に救われながら、ときどきふいに、なんだかなぁ・・・とか思いながら、ひどく悲しんだり落ち込んだり憤ったりしながら、眠って目覚めて、その時がくるのを待つのだ。できれば猫のように誰も知らないところでひっそりと迎えたい。
そんなもんだ。
これは別に落胆しているとか、そういうことではなくてもっと淡々とした感覚で。そんなもんだし、それでいいし、それこそ自分の人生なんじゃないか、と、ちょっと引いたところでそう思うのだ。
というか、思えるようになった、思って過ごすことに慣れ始めた、というのが正しいかな。
少なくとも今はそう思っています。
そう悪いもんではない。良いもんでもないかもしれないけど。

たまに、なんでこうなったんだろう・・・と思うけれど、ありがたいことに、こうなったことについてとてつもなく後悔しているわけではなし、世の中にはどうにもならないこともあるし、結局自分が選んで生きてきた結果だし、幸いなことに今ある程度落ち着いているわけで。
そもそも「こうなった」っていうのは何をやっていても何かしら「こうなる」わけで。何がいいのか何が違っていたのかなんて厳密に考えてきっちり分けることは困難だろうし、少なくともわたしは自分のことが理解しきれていないので、考えれば考えるほど泥沼にはまって疲れて嫌になるのはいつものことで。
考えなければいいのに繰り返している。
わからないことだらけです。死ぬまでわからないだろう。その先はもっとわからないけど。

でも「世界の秘密と田中」というタイトルが好きだとか、そういうことははっきりわかるし、そうだと言えます。
そんなもんなんじゃなかろうか。

これ、何の話だよ?
戯曲にかかります。
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by sk_anne | 2009-12-18 23:11 | 真夜中の文箱

演劇集団非常口・しまだの寝癖に覆われた根暗な頭の中です。どうも。