永訣

いつもそうだ。
わたしはいつも、その直前まで事態の重さを知らされず、元気がないのは入院しているせいで、退院して家で好きなものを食べてゆっくり過ごせばまたいつもどおりになると思っていた。
荷物も全部運んだ。ベッドも、箪笥も、なにもかも。
熱が出て先月入院したのだ。春に、胆管に管を入れる手術をしたので、そのせいだと聞いた。熱が下がって家で歩くのが困らない程度にリハビリしたら、近いうちに帰ってくるのだと思っていた。それで、いつもどおりになるのだと。たしかに元気がなかったけれど、80才を過ぎているし、やっぱり入院していると気弱になるからで、ご飯もなんかどろどろしたやつだし、力が出ないからに違いなく、家も綺麗になったし帰ってきたら気分も良くなるだろうと、軽く考えていた。
寝ていることが多かったが、先週はカップラーメンが食べたいと言ったので、小さいサイズのやつを食べさせた。半分ずつ食べた。
歩く練習さえすれば帰ってこれると信じて疑わなかった。
でも、本当は、がんだった。
火曜日に父から聞いた。
水曜日に容態が急変した。
いつもそうだ。もしかして悪いんじゃ・・・・と疑うことをしない。今思えば、元気がないのを見ていながら、都合が悪い想像はしないようにしていたのかもしれない。無意識に。
入院してから悪くなってる気がする。病院にいるとそうなるのかもしれない。早めに退院させた方がいい。家も綺麗になったし、帰ってくれば元気も出る。
と本当にそう思って、父や母に言ったりしていた。みんな仕事してるし、家で熱が出るよりしばらく病院へいた方が安心だという両親の言い分を、まぁ確かにそうだけどなぁ、と受け止めていた。けど近いうちに帰ってくるだろうと思っていて、みんなで引っ越しも済ませて。
全部運んだよ。いい部屋だよ。トイレもお風呂も居間も一番近い部屋だよ。早く元気になって帰ってきゃん。
と言っていたのに、生前一度も足を踏み入れないまま、ばーちゃんは逝ってしまった。
じーちゃんが逝って、1年と20日後だった。

おととい、ばーちゃんは一日だけ家に帰ってきた。初めて入った改築後の家で、線香の煙に囲まれて北枕で眠っていた。
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by sk_anne | 2011-12-31 23:31

向かう

昨日は平田オリザさんの講演会へ行ってきた。
まちづくりとコミュニケーションということで、さまざまな事例やデータを交えた興味深いお話を間近で聴くことができた。終わってしまうのが残念で、もっといろいろお話を聴きたいと思える講演会だった。
芸術文化の果たす役割、そして演劇の力を信じようと思った。
平田さんは曽木の滝にも足を運ばれたそうだ。東洋のナイアガラ、曽木の滝。
みなさま、伊佐市にお越しの際は是非、曽木の滝をご覧ください。

来月から都城市総合文化ホールのリーディング公演「こめもこめ」の稽古が始まる。演出を担当させていただく。F's Company福田さんの構成台本。二本立てで、もうひとつの「ふちもふち」はこふく劇場の濱砂さん演出。
劇中で出演者のみなさんに歌っていただく楽曲が完成したということで、先日その音源をいただいた。
福田さんの詞に今回音楽を担当していただく日高さんが曲をつけてくださった。合唱曲だ。
耳に残る。とても優しげで、あたたかい曲。
おおおー!!頑張らねば!!と改めて思った。
わたしにとっては非常に大きな挑戦で、緊張やら不安やらあるのだけれど、素敵な舞台にしたい、と強く思う。
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by sk_anne | 2011-12-26 22:48 | 演劇

出てくる出てくる

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ひたすら片付け中。捨てるものがゴロゴロ出てくる。
捨てないものもゴロゴロ。
台本の箱を開けたら高校時代のやつや非常口旗揚げからのやつがいろいろと出てきた。台本とかポスターとか。しかも、しわくちゃ・・・
懐かしいが懐かしがってる場合じゃない。
もう少し片付けてから寝る。先は長い・・・
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by sk_anne | 2011-12-23 01:03

気分が急降下気味だ。
最近何も書いていないし、そういうのもあるのだと思う。気を抜くとなにもかもが嫌になってしまう。アカギレの右手が憂鬱感を増幅させる。暗くなるのが早すぎる。夕方、日が落ちるのと連動して気分も落ちてゆく。暗いのがね、もう。暗い時間が長い。夜が長い。
寒い夜はろくなことを考えない。生きることについて考えてしまうし、良くない想像ばかりしてしまう。辛いことを思い出す。うっかりすると消えてしまいたくなる。
だがそういうことはできないし、そういうわけにはいかない。
いかん。立て直さなければ。
自分で自分の機嫌をとるのに必死だったりする。
考えごとをしていると、どこで地雷を踏むかわからなくなることがある。自分の中の落ち込むポイントは無事に避けて通らなければならないのに、そのポイントが不明確になってくる。避けようがなくなり、どうしていいかわからなくなる。寒いとその頻度が増す。起きていると考えてしまう。
だからといって眠って過ごすわけにもいかない。
冬はどうしても苦手だ。
今日は片づけも考えごともやめて何か書いてみることにする。
たぶんあしたからまたPCが使えなくなる。インターネットの移転の関係で。あした~あさって、かな。

(関係者のみなさまへ業務連絡)
何かありましたら携帯までお願いいたします。
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by sk_anne | 2011-12-20 18:28 | 真夜中の文箱

残骸を這って集める

記憶違いでなければ、村上龍の小説「KYOKO」の冒頭に「どこまでも続く鉄条網が私の記憶を被っている」というような文章があった。
「鉄条網。どこまでも続く鉄条網。それが私の記憶を被っている。」みたいな文章。
高校生の頃、この小説「KYOKO」がすごく好きで、キョウコに憧れて、トラックドライバーになりたいと思ったりもした。
基地の町で育ったキョウコは幼い頃、GIでダンサーだったホセにダンスを教えてもらった。キョウコにとってダンスは救いだった。大人になったキョウコはトラックドライバーの仕事をしながらお金を貯めて、アメリカへ旅立つ。ホセに会ってお礼を言うために。
ホセがプレゼントしてくれた、「KYOKO」という名前入りの、小さなダンスシューズを持って。
だが、訪ねた先にいたホセは、エイズに感染し、すでに末期の状態だった。二人はホセの故郷へ向かう旅に出る。ホセを乗せ、ホセに必要なたくさんの医薬品を車に積み、風鈴を下げて。運転するのはもちろんキョウコだ。
泣きながら読んだ覚えがある。
エイズの症状でキョウコのことを忘れていたホセが、終盤の事件がきっかけとなってキョウコを思い出し(それまで、親切な日本の女の子、として認識していた。)「キョウコ、大きくなったんだね」と言う場面が、もう。


たまに冒頭の文章、鉄条網の部分が頭をよぎる。
好きな文章なんだろうな。
長いこと読んでいないので、今読んだらまたなにか違った感じかもしれない。片づけが落ちついたら読んでみようと思う。現状、箱に入ったままどこにあるのかわからない・・・。
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by sk_anne | 2011-12-20 00:47

我が家のリフォームが終盤の終盤になり(電気屋さんやらガラス屋さんやら、まだ少しだけ作業が残っている)昨日、リフォーム中に移り住んでいたばーちゃん宅から自宅へ引っ越した。
昨日は休みをもらい、両親と引っ越し作業を行った。ばーちゃんの荷物や仮住まいで持って出ていた荷物はだいたい運んだが、自宅車庫に避難させておいた品々の運びこみが完了せず。
終わりが見えない・・・

ぼちぼちやるしかない。

が、今日は非常口OG山田美智子ちゃんが今春、大学で立ち上げた演劇サークル「劇団コスモス」の初公演だった。
会場は大学内のサロン。
午後、片づけ作業を一旦離脱し、石神先生の車にのせてもらい、みっちの大学へ向かう。

演目は、「泡沫の果て」(作・山田美智子)

劇場ではない空間で、照明など限られた舞台効果を存分に生かした幻想的なお芝居だった。戦争が終わったばかりの世界。人魚を連れて帰ってきた姉。姉の前でいつまでも子どもを演じつづける女、戦争で亡くなった恋人、その双子の女。白いバラ。
みっちワールドを満喫。真摯に取り組み、自分達独自の舞台を追求する姿勢が見えた。嬉しかった。
公演は明日までだが、たくさんの方に観ていただきたいと思った。

(公演情報)
劇団コスモス「泡沫の果て」
日程 12月18日〜19日
場所 志学館大学内「学生サロン」
時間 5時開場
5時半開演
入場料 無料


お時間ありましたら、是非!!
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by sk_anne | 2011-12-18 23:03 | 真夜中の文箱

朝、職場の周りを箒で掃いていたら口笛がきこえてきた。
斜め向かいにあるタクシー会社の運転手さんだ。
よく車を洗いながら口笛を吹いていらっしゃる。
そりゃあ上手いのだ。わたしは口笛が吹けないので、とにかく感心する。

町の中心地にあるお寺の本堂が改修工事に入っている。
信号が赤になり、お寺の門の真横で停まった。車の中から様子を見てみたらすでに瓦がのっていない。
見上げたらクレーンが。風が強くて、雲がすごい早さで流れていた。
瓦のない屋根がとても無防備に見えた。
信号が青に変わり、発進。

米を箱詰めし、ガムテープを貼りながら、なかなか素敵な愛の告白になるんじゃなかろうかというせりふを思い付いた。強くて、それは刃物に、凶器になりうる。甘くなくていいのだ。
甘い必要はない。
なんか書きたい。

そんな日々だ。師走。
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by sk_anne | 2011-12-16 22:04

リーディング公演終了

鹿児島演劇協議会主催リーディング公演
「四畳半の翅音」

終了しました。
ご来場のお客様、出演者、スタッフのみなさま、ありがとうございました!

詳しい振り返りはぼちぼち書いていきます。よろしければまたおつきあいください。
わたしは、新鮮な気分でした。ありがたかった。すべてが。感謝。
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by sk_anne | 2011-12-15 23:59 | 演劇

サンクチュアリ

わたしは今不幸に見えるのかな?と思う。
そうでもないんだけどな。
確かに生きてると大変だけど。生かされている間は生きる。
それがすべてだ。それ以上でもそれ以下でもない。

わたしは哀れに見えるのかな。このままでは哀れ?
そうでもないんだけどな。
哀れみを向けることと愛を注ぐことは紙一重だ。紙一重で、危うい。
向ける方と向けられる方に温度差が生じるのも避けられないことで。たとえばそれを愛なのか哀れみなのか判断するのも人によって違う。
捉え方は違って当たり前だ。
わかりあえないことが前提としてあって、だからわかりあえた瞬間は奇跡に値する。

わたしの周りには大切な人や大好きな人や素敵な人がたくさんいて、奇跡に慣れてしまいそうになるけれど、そこは大事に考えていきたいと改めて思う。わかってもらって当たり前だと、持論を共有してもらって当然だと、そんな風に思うべきではないと自分に対して、そう思う。
それを忘れたらいけないよ。と言い聞かせる。
わたし自身であれば、わたし自身の考えをある程度わかってくれる。だって自分だからね。油断したらいけない。
考え方は人それぞれ違うし、それでいいはずだ。考え方に好き嫌いがあるのも当然だ。考え方が変わっていくのも当然だ。

というのはわたしの考えなので、それは違うよ、と言われてもかまわない。
だから逆もまた然り、なのだ。
それは違うよ、と言われたら、わたしはこう思う、と返す。強制も矯正もできない。
矯正と書いたが、その人にとって必ず矯正になるとも思わない。
逆もまた然り。
考え方というのはそれぞれ違う。顔が、声が、違うように。生き方も違って当たり前。
それでいい。
ある日始まって、ある日終わりがくる。完全に同じなのはそれだけだ。

わたしは、最終的に、人は人、自分は自分だとある程度割り切る。割り切ることを覚えた。
だからというわけではないけれど、わたしはきっと冷たい人間だ。
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by sk_anne | 2011-12-13 20:53 | 真夜中の文箱

夕方、あたまが回らず

なんか、ダメだった。優柔不断度が増している。あたまが回らんというか、まとまらないというか。
なにをどうすりゃいい?という気分になったり。
ご飯を食べて四畳半の翅音台本をめくっていたらちょっと戻ってきた。
あさって、本番。緊張してきた。とにかくがんばる。

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ハヤカワ演劇文庫が岸田國士戯曲選集刊行を開始しているということで。岸田國士さんの戯曲集は県立図書館まで行けばあるのだが、市立図書館にはなく、購入するのも難しく、非常に手に入りにくかったので嬉しい。文庫本だから購入しやすいし。
読みもの、観ものが溜まりに溜まっている。
そして書きものをしたいのだが、ゆっくり考える余裕がない。ノラバラも終わってしまったし、次を、と思うのだけれど。次の作品というのは「霧雨心中(仮)」なのだけれど。
なんというか、体は1つで。時間に追われる感覚。慣れない。その場しのぎで生きている気がする。

明日は休みをとった。
じーちゃんの一年忌だ。
お寺へ行って、お墓参りに行って、あとはノラバラの道具整理やら。それから四畳半リーディングの準備をする。忘れないうちにクリーニングを出しに行って、ヤマトで送りものをして、ガソリンも入れなきゃ。
明日から、チェルフィッチュ「三月の5日間」熊本公演。チェルフィッチュをまだ観たことがなくて、すごく観たかったんだが日程が明日からの3日間でどうにも都合がつかず。しかも明日はサンガツのライヴもあるらしい。今日もユニクロのCMを見た。サンガツ、生で聴けるチャンスだったんだけどなぁ・・・・
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by sk_anne | 2011-12-08 23:59 | 演劇

演劇集団非常口・しまだの寝癖に覆われた根暗な頭の中です。どうも。